妙経提婆達多品第十二、妙経勧持品第十三、東の燈明ヶ嶽、堀越癪観音


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現在の第十二経塚とされている地は和歌山県かつらぎ町にある。

第十二経塚に関する記述

《諸山縁起》

朴留、五十六
提婆品十二、一千七百五十三字なり。蔵王。


《葛城峯中記 川越市立図書館蔵版》

五十五、朴留
小鬼。提婆品十二。阿弥陀、行基作也。行者笈立石。八王子。
道の下に天狗塚あり。左に付い而行く。

《葛嶺雑記》

古記に小鬼朴留の経塚とあるは護摩のたわなるをいへるよし、通路をへだち人しらず、堀越村源太夫ガ畑にあるを経塚といへりいぶかしみ穿ちたるに、古鏡一面出たり、往古の神跡ならんと、元のことくなし置ぬ、されど年久しくいひつたえしなれば、護摩のたわの遥拝所とせんか。


現在の第十三経塚とされている地は和歌山県かつらぎ町にある。

第十三経塚に関する記述

《諸山縁起》

五十七、堀越宿
燈明峯寺。勧持品第十三、一千三百六字なり。照生死闇燈火。


《葛城嶺中記 犬鳴山七寶瀧寺蔵版》

一、五十七、堀越宿、燈明峯寺
勧持品第十三、一千三百六十ニ字。聚生、死の時の燈火也。


《葛城峯中記 川越市立図書館蔵版》

五十六、堀越宿
燈明峯寺。勧持品第十三。


《葛城峯中記 山田孫太夫家所蔵版》

一、堀越村 燈明嶽
燈明峯寺 寺坊退転 勧持品経塚


《葛嶺雑記》

鎌の多輪経塚 同国同谷堀越村より四丁東河内路にあり
行程八丁の間河州滝の畑村領地、今時むかひのたわといふ。 妙 勧持品十三之地


これらの記述から、第十三経塚は元々、燈明嶽の燈明峯寺にあったが、同寺の退転により、現在の鎌の多輪に移転されたと思われる。

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①蔵王峠三叉路→上の峠三叉路
②上の峠三叉路→東の燈明嶽
③東の燈明嶽→第十二経塚
④上の峠三叉路→第十三経塚
⑤上の峠三叉路→堀越癪観音

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①蔵王峠三叉路→上の峠三叉路

大阪府と和歌山県を結ぶ府道61号線(堺かつらぎ線)の蔵王峠にある三叉路を西へ進む。


上の峠の三叉路に出る。


②上の峠三叉路→東の燈明嶽(行所)

上の峠の三叉路を北東に15分程登ると、東の燈明嶽への分岐に出る。


分岐を右に5分程登ると、東の燈明嶽山頂に出る。
葛城峯中記 山田孫太夫家所蔵版によれば、燈明嶽には燈明峯寺があリ、諸山縁起などには同寺に勧持品経塚があったと記されている。
現在は石の祠があり、役行者像が祀られている。


上の峠三叉路→(20分)→東の燈明嶽(行所)

③東の燈明嶽分岐→第十二経塚

東の燈明嶽への分岐に戻り、さらに北へ進むと、「左 まきのを」と記された案内板のある二股に出る。


案内板のある二股を左へ20m程進むと、右側に第十二経塚(朴留の経塚、護摩の多輪)が現れる。


葛嶺雑記によれば、朴留の経塚とは護摩の多輪の経塚のことであり、源太夫が古鏡を掘り起こした地は、護摩の多輪の遥拝所であるとされている。

東の燈明嶽分岐→(10分)→第十二経塚

④上の峠三叉路→第十三経塚(向い多輪の経塚)

上の峠の三叉路に立つカーブミラーの裏側から続く藪道を登る。


3分程で頂上に至り、自然石に大日如来と刻まれた第十三経塚(向い多輪の経塚)が現れる。


上の峠三叉路→(3分)→第十三経塚(向い多輪の経塚)

⑤上の峠三叉路→堀越癪観音(行所) 

上の峠の三叉路を北に進むと堀越癪観音に至る。

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