妙経安楽行品第十四、葛城蔵王権現社、一乗山勝楽寺


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現在の第十四経塚とされている地は二ヶ所ある。
一つは大阪府河内長野市の光瀧寺であり、二つ目は南葛城山の山頂付近の鏡の宿である。

第十四経塚に関する記述

「佛徳多輪 安楽行品第十四。柚多輪。
瀧畑の下を東の谷の口に熊野有り。是れより川に付いて上がれば描谷なり。檜留 道の上に金剛童子有り。右の谷を左の道へ十丁斗往けば左山原に柿木四五本有り。
左の原を尾へ登り右東の方へ上がり、左方の山伝いに往くと岩湧の上へ出る也」

《葛嶺雑記》
「福玉山光滝寺 河州錦部郡滝之畑、領主狭山候、若王子天台
本堂不動明王・神変大士・多宝塔に五智如来・弁才天社・金剛童子、四丁おくに滝。扇山弁才天今は才神山といふ、此里の小松が宅の辺に熊野権現、また仏徳多輪の経塚あり。妙 安楽行品第十四之地」

《大阪府刊大阪府誌 明治三十六年》
「今、寺傳を繹ぬるに人皇三十代欽明天皇の御宇行滿上人の開基に関わり同天皇の勅願所たり、初、上人和泉の賀補山に於いて一老翁に遭ひ其の告に随ひて此の地の靈なるを知り來たりて伊賀原、捨身及び光ノ瀧に練行し、遂に草案を結び携へ來たりし手觀音像、巨蛇に依りて出現せし聖觀音及び自刻の不動明王の像を本尊と為せり、後、役小角は葛城山修行の日亦此に遊化して四十八の瀧及び四十八の岩窟を開眼し、且、法華安楽行品の一品を庭に納めて塚を造り上に多寶塔を立て側に其の持せし錫杖を植てき、故に爾来、智證、明恵、興教、泰澄、寶幡、日蔵、寶恵、真雅等碩徳の巡錫せしもの少なからず」

葛城蔵王権現に関する記述

《葛嶺雑記》

「本社 脇に石像神変大士、その前に蔵王山五仏院としるせし古代の石とうろうあり四五丁ゆきて左りの山に丹生明神、脇に一言主神」

一乗山勝楽寺に関する記述

《葛嶺雑記》

「鎮守八幡宮、本堂の弥陀・観音・勢至高祖堂 其前にいにしへ護摩を修し給ふあとあり、御腰かけ石此里に守安茂十郎あり、その家祖、次郎五郎なるとき、高祖御滞留なし給ひて一夜に法華経を書写し給ふなんまた砥石畑といふに行者斧磨石有当時茂十郎が宅に御作の大黒天を守護せり、これより蔵王迄帰りて河内にいたる」

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①福玉山光瀧寺(経塚)→葛城蔵王権現社(行所)
②葛城蔵王権現社(行所)→一乗山勝楽寺(行所)
③一乗山勝楽寺(行所)→鏡の宿(経塚)
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①福玉山光瀧寺(経塚)→葛城蔵王権現社(行所)

大阪府河内長野市と和歌山県かつらぎ町を結ぶ61号線(堺かつらぎ線)を170号線(大阪外環状線)より南に進むと光瀧寺が現れる。



光瀧寺から61号線を、さらに南に進むと葛城蔵王権現社が現れる。



②葛城蔵王権現社(行所)→一乗山勝楽寺(行所)

葛城蔵王権現社を東に進むと大畑への分岐が現れる。



大畑への分岐を東に進むと勝楽寺が現れる。



③一乗山勝楽寺(行所)→鏡の宿(経塚)

勝楽寺から少し引き返すと、南葛城山への登り口がある。右の道を登って行くと南葛城山の頂上へ至る。




分岐を右に進む


南葛城山 山頂

南葛城山の山頂から北東へ約200m進むと鏡の宿が現れる。
山頂からは鏡の宿以外の方向にも道があるので、間違わないように注意が必要である。


鏡の宿

この地も第十四経塚とされている。

勝楽寺(行所)→(60分)→鏡の宿(経塚)

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