総本山三井寺と修験道について

  • 1.天台寺門宗の総本山三井寺(園城寺)
 三井寺は、正式には長等山園城寺(おんじょうじ)と称する天台寺門宗の総本山です。
 平安時代初期の高僧、第5代天台座主となられた智証大師円珍和尚(814~891年)によって天台別院として中興され、10世紀末に比叡山から独立、以来、一千余年にわたり天台寺門宗の総本山として法灯を伝えてきました。

  • 2.教法の特色「顕・密・修験の三道兼学」
三井寺の教法の何よりの特徴は、円(顕教)・密(密教)・禅・戒の四宗兼学を称揚する天台の教義に加えて、修験道の法門を重視することにあります。これら5法門を集約して「顕・密・修験の三道鼎立」とも称し、三道が一つに融合するよう修行することが求められます。
 それは菩薩の自利利他の行そのものであり、この世に存在するものすべてに仏性がそなわっていることを深く自覚することにより自己の悟りを求め(上求菩提)、同時に人々のために現世を仏国土のようなすばらしい世界にしていくに実践行(下化衆生)に励むことを意味しています。
 ※ 顕教・密教・修験道については、→天台寺門宗「顕教・密教・修験道」

  • 3.修験道とは
 修験道とは、日本古来の山岳信仰に仏教とくに密教が習合したもので、全国各地の霊山を修行の場として、過酷な苦行を行い、超人的な験力をたくわえ衆生の救済を目指す実践的な宗教です。全国各地の多くの霊山のなかでも中心となったのは、修験道の開祖と仰がれる神変大菩薩・役行者(役小角)の開かれた大峰山系と葛城山系です。
 ※ 修験道の開祖・役行者については、→三井寺「修験道・役行者の生涯」

  • 4.本山派修験道の根本道場 
 平安時代後期、寛治4(1090)年正月のこと、当時の三井寺長吏であった増誉が、白河上皇の熊野御幸の先達を勤めた功により熊野三山検校職に補せられます。それ以来、この職は三井寺長吏の永代職となり、熊野修験を統轄するようになりました。鎌倉時代以降には、三井寺の支配のもと聖護院門跡を頂点に「本山派」と称する天台系の修験教団が形成され、三井寺は本山派修験道の根本道場として大きな影響力を発揮してきました。


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