葛城修験について

  • 1.葛城修験とは
 大峰山と並ぶ修験道の聖地・葛城山は、大阪・和歌山県境を東西に連なる和泉山脈から北上して奈良・大阪県境の金剛山脈へと連なる峰々の総称です。この山系には修験道の開祖・役行者が法華経八巻二十八品を埋納したとの伝承による経塚があり、葛城二十八宿と呼ばれています。西は和歌山県加太町の沖に浮かぶ友が島(序品経塚)から犬鳴山(第八品)、和泉葛城山(第九品)、牛滝山(第十品)、岩湧山(第十五品)を経て金剛山頂(第二十一品)に至り、さらに北上して大和葛城山から二上山(第二十六品)、そして大和川沿いの亀の瀬(第二十八品)に至るまで各所に経塚や行場が連なっています。また、このルートに沿って葛城修験の中心寺院である犬鳴山七宝瀧寺、金剛山転法輪寺をはじめ根来寺、粉河寺、槇尾山施福寺、當麻寺など多数の霊場寺院や神社があります。

  • 2.役行者の伝説と法華経の峰
 役行者(役小角)は、すでに奈良時代から傑出した山伏(修験者)の代表的存在として知られていました。山伏とは、まさに山野に伏して修行し、呪術的験力を獲得した者のことで、中世以降になると役行者は修験道の開祖と仰がれるようになり、役行者1100年の御遠忌を迎えた寛政8(1799)年には「神変大菩薩」の諡号を授与され、現在に至るまで篤く尊崇されてきました。
 役行者は、舒明天皇6(634)年に現在の奈良県御所市茅原の地に生まれました。現在、誕生所に建つ茅原山吉祥草寺には、役行者産湯の井戸も残されています。この茅原の里から西方を眺めると、すぐ間近に金剛山を主峰とする葛城山系が望見されます。『日本霊異記』をはじめ伝記の伝えるところによれば、役行者は若いときから葛城の山中に分け入り、洞窟にこもって修行を重ね、孔雀明王の呪法を体得し、不思議な験力をもって鬼神を自在に使役したといいます。ことに『日本霊異記』には、役行者が葛城から大峰山に通いやすくするために葛城山と吉野・金峰山の間に橋を架けさせたとの逸話を伝えています。
 中世以降になると、真言密教の金胎両部の曼荼羅を表する「密の峰」である大峰山に対して、葛城山は、役行者が法華経二十八品を埋経したことから「顕の峰」あるいは「法華経の峰」と考えられるようになりました。

  • 3.葛城二十八宿
 葛城修験は、明治初年の神仏分離・修験道廃止令により衰退し、その間に地元の伝承が失われたり、あるいは二十八宿の経塚や行所の所在が分からなくなったり、場所が移動してしまったりと困難な状況に立ち至りました。しかしながら、戦後になって天台寺門宗の当時の宗務総長・中村鍵寿師等の助言を得て、犬鳴修験道の大本山七宝龍寺、本山派の聖護院門跡によって実地調査が行われ、現在の二十八宿の経塚の所在が確定されました。
 とはいえ、経塚によっては、その位置に異説があるところもあり、本ブログでは、現状をそのまま報告することにします。

■現在の葛城二十八宿・経塚一覧
法華経二十八品 経塚 所在地
1 序  品 友ヶ島序品窟 和歌山市加太
2 方 便 品 神福寺跡 泉南郡岬町多奈川西畑
3 譬 喩 品
大福山(山頂) 大阪府泉南郡岬町
大福山(山頂付近)  
雲山峰(山頂) 和歌山市雲山峰
雲山峰墓の谷  
4 信 解 品 山中渓関所跡 阪南市山中渓
境谷(入り口) 阪南市境谷
5 薬 草 品 倉谷山(稚児ヶ墓) 紀の川市打田町倉谷山
6 授 記 品 志野峠 紀の川市志野峠
松 峠 紀の川市志野峠
7 化 城 品 中津川(アラレ宿跡) 紀の川市粉河町中津川
8 五 百 品 犬鳴山燈明ヶ嶽(鈴杵ヶ嶽) 泉佐野市上大木犬鳴山
9 人 記 品 峯の龍王 紀の川市那賀町和泉葛城山
10 法 師 品 牛瀧山大威徳寺 岸和田市牛瀧町
11 宝 塔 品 経塚山七輿寺跡(堂屋敷) 和泉市父鬼町
萱多輪留    未 詳
12 堤 婆 品 護摩の多輪(朴笛) 伊都郡かつらぎ町大塚
13 勧 持 品 鎌の多輪(向いの多輪) 伊都郡かつらぎ町堀越
14 安 楽 品 一本杉 鏡の宿 橋本市高野口町南葛城山
15 湧 出 品 岩涌寺 河内長野市加賀田岩湧山
16 寿 量 品 流谷金剛童子 河内長野市流谷
17 分 別 品 天見不動 河内長野市天見
18 随 喜 品 岩 瀬 河内長野市サイノ神谷経塚山
黒カシ多輪・梨子留 未 詳
19 法 師 品 神福山大沢寺 五條市神福山
20 不 軽 品 石 寺 五條市水野
21 神 力 品 金剛山湧出嶽 御所市金剛山湧出嶽
金剛山岩屋文殊 御所市金剛山葛城嶽
22 嘱 累 品 大田和地蔵 御所市関屋
水越(水越多輪の地蔵) 未 詳
23 薬 王 品 倶尸羅 御所市櫛羅小林口(浄土寺)
猿目(猿目地蔵) 御所市猿目
堺那寺跡 御所市山開深谷
24 妙 音 品 平石峠 南河内郡河南町平石峠
小鷲の宿 未 詳
25 普 門 品 神下山高貴寺(香華畑・高貴留) 南河内郡河南町平石
26 陀羅尼品 二上山雄嶽(二上権現) 葛城市當麻町(葛城二上神社)
二上の石屋(岩屋の崛) 葛城市當麻町
27 厳 王 品 逢 坂 香芝市逢坂(三岡氏邸内)
28 勧 発 品 亀の瀬(亀の尾宿・亀瀬の経石) 北葛城郡王寺町亀の瀬
明神山卒都婆峯(普賢寺) 北葛城郡王寺町明神山
※ 本表は、中世の『諸山縁起』、近世の『葛嶺雑記』などを総合的に整理された宮家準『修験道思想の研究』所収の一覧表をもとに犬鳴山七宝瀧寺『葛城回峯録』、犬鳴山修験道宝照院金山隊『葛城二十八ヶ所遍路・葛城二十八宿・経塚巡拝』などを参照し、当方で実地調査した上で作成したもので、経塚の所在地に異説がある場合は併記しました。

  • 4.参考文献について
①葛城修験に関する概説書・論文
 葛城修験に関する文献資料については、史料だけでなく論文や解説書についても極めて限られています。
 宮家準氏の『修験道思想の研究』(春秋社、1985年)に収められた「他界としての葛城山」は、コンパクトながら時代を追って葛城山の信仰や行所、経塚、史料にいたるまで的確な概観を得ることができます。
 次ぎに、近年出版された中野榮治氏の『葛城の峰と修験の道』(ナカニシヤ出版、2002年)は、諸史料を精査された上で、その成果を縦横に駆使して著者自身が実際に踏査された葛城の修行道の現状を報告、考察されたもので、現在、葛城修験について総合的に論じたものとして最も分かりやすい著作となっています。ことに『名所図会』や『葛城峯中記』など諸史料の解説が付されており、江戸時代の葛城修行の様相について知ることができます。また本文中に施された注や巻末の参考文献にいたるまで葛城修験を知るために親切な編集がなされています。
 さらに、聖護院門跡の宮城泰年師による「葛城の修験とその遺品」(『役行者と修験道の世界』展図録所収、毎日新聞社、1999年)、同師が経塚の実地調査をもとに詳説されている「葛城の経塚を巡って」(『本山修験』105号、1990年~137号、1998年連載)、『修験道修行体系』(国書刊行会、平成6年)所収の「本山派修験の修行」では葛城修行の実際や葛城潅頂についても紹介されています。
 葛城二十八宿の修行の実際や復興などについては、その抖櫢記録でもある犬鳴山七宝瀧寺『葛城回峯録』(平成元年)、犬鳴山修験道宝照院金山隊『葛城二十八ヶ所遍路・葛城二十八宿・経塚巡拝入峯』(平成12年)に詳しく報告されています。尚、『葛城回峯録』には後述の智航『葛嶺雑記』の影印も収められています。
 役行者については、多くの著述が出版されていますが、ここでは銭谷武平氏の『役行者伝記集成』(東方出版、1994年)と『役行者の謎』(東方出版、1996年)を挙げておきます。
 その他、日本大蔵経の「修験道章疏」総合解題、宮家準編『修験道辞典』(東京堂出版、昭和61年)の関連項目も参考になります。

②葛城修験に関する主な史料
  • 『諸山縁起』(鎌倉初期)(『寺社縁起』所収、日本思想体系20、岩波書店)
  • 『諸寺縁起集』(『大日本仏教全書』第83巻所収)
  • 『大和葛城宝山記』(『日本大蔵経』修験道章疏5所収)
  • 『葛城修行潅頂式』永正元(1504)年・猷助僧正記(『日本大蔵経』修験道章疏2所収)
  • 『葛城嶺中記』天文14(1545)年、国会図書館 ※1
  • 『葛城嶺中記』犬鳴山七宝瀧寺 ※1
  • 『葛城峯宿次第』天正17(1589)年、加太・向井家 ※2
  • 『葛城先達峯中勤式廻行記』宝永6(1709)年(『修験道資料集Ⅱ』名著出版、昭和59年)
  • 『葛城峰中記』元禄4(1691)年・学峰雲外『行者伝記、大峯記、葛城記』乾所収
  • 『葛城峰中記』元禄13(1700)年・亮永記、明和4(1767)年・宥智写(『修験道資料集Ⅱ』名著出版、昭和59年)
  • 『葛城峰中記』元禄13(1700)年、№11に同じ、川越市立図書館蔵本 ※1
  • 『葛城嶺修行記』寛政8(1796)年、『三峯神社史料集』第1巻所収、三峯神社社務所、1984年 ※3
  • 『葛城峰中記』文政11(1828)年、二之宿別当山田坊 ※1
  • 『葛嶺雑記』嘉永3年(1850)年、犬鳴山智航 ※4
※1 上記史料中5、6、11、13の史料については、真言宗犬鳴派管長・大本山犬鳴
   山七宝瀧寺貫主・東條仁哲師よりご提供を受けました。篤く感謝申し上げます。
※2 浦上隆康氏「葛城修験二十八宿について」『高野山研究』第3号所収(1980年)
※3 中野榮治氏『葛城の峰と修験の道』で紹介されている史料。
※4 影印は『葛城回峯録』(犬鳴山七宝龍寺、1989年)所収。翻刻は『葛嶺雑記』として
   和泉葛城修験道関係資料第一集(摂河泉地域史研究会、昭和54年)に
   溝端常次郎氏の解説を付して収めれている。

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