浅村朋伸の「世界一周自転車旅行記」 三井寺ホームへ

buck number

トップページへ
 
VOL.1
VOL.2
VOL.3
VOL.4
VOL.5
VOL.6
VOL.7
VOL.8
VOL.9
VOL.10
VOL.11
VOL.12
VOL.13
VOL.14
VOL.15
VOL.16
VOL.17
VOL.18
VOL.19
VOL.20
VOL.21
VOL.22
VOL.23
VOL.24
VOL.25
VOL.26
VOL.27
VOL.28
VOL.29
VOL.30
VOL.31
VOL.32
VOL.33
VOL.34
VOL.35
VOL.36
VOL.37


亜州から欧州へ VOL.25

 カシュを出た僕は、カルカンという町まで走った。

  随分と坂の多い町で、スキューバダイビングの広告が町のいたるところにあり、レストランやバーからは音楽がガンガン流れている。僕はバーに入ってビールを二杯飲んだ後、ビーチに下りて行った。辺りには人影もなく、数台のビーチチェアーが並んでいた。寝場所を探すのが、面倒だったので、そのうちの1台に横になり、そのまま眠りについた。
 
翌日、出発して、すぐにクサントスの遺跡のそばを通りがかったので寄り道することにした。クサントスは有名なギリシャ遺跡で、劇場や、ギリシャ彫刻のレリーフなども残っており、観光客が少ない割には、随分と見応えがあった。宿泊を予定していたフェティエには、夕方に到着した。僕は、安くて量の多いマルマラビールを飲みながら町を歩いた。港には島巡り用の船が、何十隻も停泊していて、海沿いに並んだレストランは観光客で一杯に溢れている。絵に描いたようなリゾート地だった。僕は、適当な店を選んで、ビールとピザを注文した。運ばれてきたピザには黒いオリーブが載っている。そういえば、地中海はオリーブが有名だと中学校で習ったのを思い出した。夜の地中海を一人で眺めながらビールを飲むなんて、少し贅沢な気分がした。
 
  フェティエの次に宿泊地に選んだギョコワのビーチは、それほど人が多くなかった。浜沿いにレストランや土産屋が並んでいたが、これまでに見たリゾート地の中では一番閑散としている。僕はビーチに絨毯を広げ、ビールを飲みながらブレッドをかじった。アンタルヤ、カシュ、カルカン、フェティエ、ギョコワと続いた地中海のリゾート地も、「今日で終わりだな」と思うと、少し寂しい気がした。
   
ギョコワを発ってからは、内陸の道を走り始めた。すっかり暗くなってからカルチという町に到着し、ホテルを探したが、どこにも見当たらない。ガソリンスタンドを発見したので、店員に「ここで寝てもいいかい?」と訊ねた。
「構わないが蚊が多いぜ」
「そんなの全然気にしない。ありがとう、助かるよ」
 
スタンドで野宿をさせてくれることになったので、自転車から荷物を降ろして、隅でズボンを洗って干し、バッグから取り出したブレッドを食べようとしていると、店員がチャーイを持ってきてくれた。僕は礼を言って、ブレッドを齧りながら、地図を開いた。
「明日はギリシャ遺跡、エフェスか」
なんだかんだ言って結局、来てしまったのだ。随分遠回りして、時間や金を費やしたが、地中海は思っていたより素晴らしかった。
  晴れた空の下を順調に走り、エフェスの60km程手前にあるアイディンの町に入るとマクドナルドが見えた。休憩のため、店に入ってセットメニューを注文し、庭に並んだテーブルで、ハンバーガーを食べていると、すぐ背後で、誰かがホーンを鳴らした。何だ、うるさい奴だな、と振り返ると、サングラスをかけた白人が、自転車でテーブルの前を横切った。一目見ただけで、長距離を走ってきた旅行者だと分る程、十分な荷物の量を搭載していて、おまけに自転車の後ろには、荷物を載せたリヤカーを引いている。「ハロー!」と彼は声をかけてきた。彼は自転車を柵に立てかけ、店に入り、注文したメニューを持って、外に出てくると隣のテーブルに座り「俺の名前はロブ。君は日本人のようだけど、その自転車で旅行してるのかい?」と聞いてきた。
「ああ、僕は日本人だよ。シンガポールから出発したんだ。タイからインドまでは飛行機で飛んだけど」
 
「へえ、俺も日本から出発したんだけど、香港から中国へ渡ってパキスタンに抜けたんだ。トルコは二度目で、一度目はシリアに抜けてエジプトへ行って、そこから船で二度目のトルコに着いたばかりだ」
「中国からパキスタンっていうことはタクラマカン砂漠を越えたのか?」
「いや、そこはバスに自転車を積んで越えたよ」
僕達はハンバーガーを食べながら、これまでの旅の経緯を話し合った。
「これからエフェスへ行くのかい?」と僕は聞いた。
「そうさ、君もエフェスに行くところだろ?一緒に行かないか?」
「ああ、せっかくだからそうしよう」
僕とロブは、マクドナルドを出ると二人で走り出した。他の自転車旅行者と一緒に走るのは、これが初めての経験だった。
 
エフェスに着くと、僕達はホテルにチェックインを済ませた。ロブは荷物を運び込むと、すぐに洗濯を始めた。彼はどうもキレイ好きな男のようで、部屋の隅に順序良く置かれた荷物は清潔で整頓されている。ほったらかしにされて中身が散らばっている僕の荷物とは大違いである。彼はカメラマンを目指しているらしく、リヤカーには日本製のカメラの機材が満載されていた。
「遺跡の見学に行くのは明日にしよう」
僕はバッグの邪魔なベルトを引き千切りながら言った。
「ああ、ところで、お前は何をやってるんだ?」とロブが訊いてきた。
「このベルト邪魔だから千切ろうと思って」
「なぜナイフを使わないんだ?」
「ナイフを持ってないんだ」
「お前は、一体、どういうサイクリストなんだ?どうやってここまで旅してきたんだ?信じられない」とロブは呆れ返った。
 
彼の自転車用のバッグは見たことのないものだったので「どこの製品だ?」と聞くとドイツの「オルトリーブ」というメーカーだった。完全防水で、雨が降っても大丈夫らしく防水面はもちろん、持ち運ぶときにはリュックのように背負うことができるし、自転車のキャリアにフックが固定される仕組みになっているのも機能的だった。それに比べると日本製のバッグは防水機能もなく、頼りなく見えた。リヤバッグは容量があって便利だが、フロントバッグは材質が弱くボロボロになっている。
「それはペルシャ絨毯か?」
ロブは僕の絨毯に目をとめた。
「ああ、イランのエスファハンで見つけて、バロチスタン製だと知ったら欲しくなって買ったんだ」
「何に使うんだ?そんなもの。邪魔じゃないか」
 
「いろいろ使えるさ。茶を飲む時や、夜眠る時。僕はテントを失くして持ってないんだ。いろいろ失くす癖があるから。MSRのガソリンストーブも失くしたし、ゴアテックスのレインコートも失くした」僕は主な紛失品を羅列した。
「盗まれたんじゃないのか?」
「いや、盗まれるようなヘマはしない。全部失くしたんだ」
「それをヘマというんだ」ロブは呆れた顔で言い放った。
翌日、僕らはエフェスの遺跡に行くことにした。
「お前は自転車で行かないのか?」
「ああ、あとで歩いていくよ」
「じゃあ、俺は先に行っているからな」と言ってロブは遺跡へ出かけた。
 
正直なところ、僕は一人で遺跡を見学したかった。他人とずっと一緒にいるとペースが崩れるからだ。世界7不思議のうちの一つに数えられたアルテミス神殿の遺跡を見た後、僕はエフェスの遺跡に向かった。アルテミス神殿はポツンと柱が立っているだけの寂しい遺跡だったが、打って変わってエフェスの遺跡は観光客で賑わっていた。直径が154m、高さが38mもあって2万4000人を収容できる劇場や、ケルスス図書館という建築も見応えがあった。通りの脇には素晴らしい彫刻も残っている。ガイドで説明されているように大規模な遺跡であることがわかった。遺跡を歩いているとロブに出会った。
「写真は撮り終わったのかい?」と僕は訊ねた。
「大体は撮り終えたけどね、お前はイランのペルセポリスに行ったかい?」
「ああ、行ったよ、あそこもここと同じように大きい遺跡だな」
「俺はペルセポリスの方が好きだな」
「どうしてだい?」
 
「ペルセポリスは、まるでディズニーランドみたいじゃないか。いろんな動物の彫刻があったりして、見ていると楽しいだろ?ここはつまらない」
「エフェスだって東アジア人の僕には見ているだけで十分楽しいよ」
 
ヨーロッパ人のロブには、エフェスは物足りなそうだった。遺跡から宿に戻った後、僕はエーゲ海というものが、どんなものなのか一目見ておこうと、自転車に乗って海辺を目指した。
「これがエーゲ海か・・・」
 
ビーチには人影は少なかった。僕は売店でエフェスビールを買って浜に座り込み、エーゲ海の夕日を眺めながら飲んだ。たいして印象に残るようなものでもなく、アンタルヤのビーチの方が素晴らしいように思われた。
   
エフェスを出発した後、僕とロブはイズミィルへと向かった。トルコ第三の規模を誇る大都市、イズミィルは想像以上に大きく、道路を走るのには細心の注意が必要だった。後ろからビュンビュン車が通り抜いて行くので危険極まりない。イズミィルを通り過ぎたあたりで、僕とロブは別れる予定だった。ロブはマルマラ湾を船で渡る計画を立てていたが、僕はパリまで船は使わないと決めていたので、回り道をしてイスタンブールに入る予定だった。ススルクという町に到着して、ロブが自転車を停めて言った。
「ここでビールを飲もう」
僕達は、売店でビール買った。トゥボルグの王冠をめくると、当たりが出たので僕達は、もう一本ビールを飲むことにした。
「もうすぐヨーロッパだな。ロブは嬉しいだろ?」
「ちっとも嬉しくなんか無いさ」
「どうしてだ?早くヨーロッパに帰りたいだろ?」
「俺は5年間もアジアにいたんだぜ。5年だぜ。俺はアジアを出たくない。俺はアジアが好きなんだ」
「僕は26年間、アジアにいるけど、アジアから出るのは別に寂しくないよ」
「ヨーロッパに着いたらもう、俺の旅は終わりじゃないか。それがつらいんだ」
「僕は、早くこの旅を終わらせてしまわないといけないからなあ」
僕達は、それぞれ二本のビールを飲み干した。
「3時だな。何かを終わるのにも何かを始めるのにもいい時間だ」ロブは時計を見ながらそう言った。
「じゃあ、二人の旅を終えて、一人の旅を始めよう」
「別れる前に写真を撮ろう。二人の自転車も一緒に」
「じゃあ、そうしよう」
「イスタンブールがなんて呼ばれている町か知ってるか?」
「クロスロードだろ?」
「そうだ、ウェストミーツイースト。イーストミーツウェスト。俺たちはイスタンブールで再会するだろう」
「ひょっとしたらね」
 
僕とロブは、記念写真を撮り、握手を交わして別れた。ロブと別れた後、僕は、ブルサを経て、遂にアジアの果てであるボスフォラス海峡にやってきた。海峡の対岸には町の灯りが見える。その町灯りがヨーロッパなのだ。イスタンブールはボスフォラス海峡を挟んでヨーロッパ側とアジア側に町が分かれている。要するに僕はアジアの終点に立っていることになるのだ。
「あれがヨーロッパなのか」
僕はアジア側の岸壁に自転車をせり出して、暗闇に明々と灯が輝くヨーロッパ側を眺めた。
「とうとう、ここまで走ってきたんだ」
 
海外旅行が初めての僕にとって、もちろんヨーロッパを、この目で見るのは初めてである。小さい頃に、何度も読んだ西洋童話の世界が、この先に広がっているのだと思うと、胸が熱くなった。僕は海峡を渡るためにボスフォラス海峡大橋へ向かった。しかし、橋を渡ろうとすると問題にぶつかった。
「この橋は自動車専用の橋だ。自転車なら渡し船を利用したまえ」と橋の係員が言った。
なんということだろうか。ここまで来て船を使うことになるなんて、全くの計算ミスだった。
 
「僕は自転車でパリまで行きたいんだ。カルカッタから、野を越えて、山を越えて、この自転車のみで走ってきたんだ。お願いだから自転車で橋を渡らせてくれないか」
何度もそう頼み込むと、係員は電話で何やら上司と相談を始めた。しばらくして車で上司らしき人物が現れた。
「特別に君が自転車で、この橋を渡ることを許可しよう。車で後から付いて行くから先に行きなさい」
 
一時間程あきらめず粘った甲斐があって、自転車でボスフォラス海峡大橋を渡ることを許可されたのだ。礼を言って僕は自転車で走り始めた。長さが1074mある橋の向こうにはヨーロッパ側の町の灯りが見え、高さが64mある橋から、はるか下に見える海峡には船の明かりが、いくつも小さく行き来している。後ろを振り返ればアジア側の町の灯りが見える。僕はまさに東西文明の十字路を走っているのだ。海峡を渡る夜風が気持ちよかった。僕は自分が、とてつもなく贅沢な時間を過ごしているように感じた。橋の上からイスタンブールの夜景を眺めながら走っていると、橋を渡りきってしまうのが勿体無く思えて、できるだけゆっくりと自転車を走らせた。ヨーロッパ岸に到着して、伴走してくれた車に礼を言い、宿泊予定のホテルを目指した。ヨーロッパ側はさらに旧市街と新市街に別れており、橋を渡り終えた付近は旧市街であり、金閣湾に架かるガラタ橋を越えれば新市街である。金角湾の対岸には、複数の巨大なモスクがライトアップされて夜の町に浮かび上がって見えた。ガラタ橋を渡って、新市街を路面電車にそって進み、安宿街に到着した。目的のホテルが見つからず、しばらくウロウロしていたが、ようやく見つけて、自転車から荷物を外して入り口から運び込もうと悪戦苦闘していると
「アサムラさん!アサムラさんじゃないですか!今着いたんですか?」
 
ホテルの中から聞いたことのある声がした。顔を上げると、イランのイスファハン、テヘラン、カスピ海と一緒だったマナブ君が、驚いた顔で目の前に立っている。
「あれ、マナブ君もここに泊まっていたの?」
 
僕達は偶然の再会にビックリした。彼と別れてから一ヶ月以上が経っている。彼は、この宿にしばらく滞在していたらしく、ホテルの規則や料金システムなどについて教えてくれた。僕は中庭のベッドに寝ることになった。室内ではなく、外に二段ベッドが置かれているだけの簡単な寝場所である。中庭には、ビールを蓄えてあるクーラーが有り、飲んだ本数を従業員に告げる申告制で、好きな時に飲んでもよかった。ようやく、アジアを走り終え、一週間程ゴロゴロしたい気分で一杯になった。ビールを飲んで、ベッドで寝転び、好きなだけ昼寝する。いくら観光地とは言え、あまり外出したくならない。2,3日ではなく今度こそ本格的にゴロゴロするのだ。翌日、マナブ君が、エンもイスタンブールに到着しているというメールを受けとった。
 
「メールによればエンもイスタンブールにいるらしいですよ。トゥリィー・オブ・ライフホテルに泊まってるらしいですよ。行ってみますか?」
「エンもイスタンブールにいるのか、じゃあ行ってみよう」
 
アンタルヤで別れたエンは、地中海のオリンポスという町で、しばらく滞在した後、エフェスを経てイスタンブールに到着したらしかった。アヤソフィアの前を通って、路面電車のレール沿いに歩き、ホテルまで行ってみたが、エンは外出中だった。
「メールでエンに知らせときましょうか?」
「近くにメールを送れるところはあるかな?」
「ありますよ」
マナブ君は日本語が使えるインターネット屋を知っていた。
「街中でエンが俺達を見つけるか、こっちがエンを見つけるかゲームをしようってメールしましたよ」
 
そんなゲーム成立するかな、と思っていたが、マナブ君は、翌日、町の中で簡単にエンを見つけた。僕がエンと再会するのは4度目だった。

 ガラタ橋では、いつも大勢のトルコ人が釣りをしていた。その近辺では、日本人がサバサンドと呼んでいる、パンに魚を挟んだ食べ物が売られていて、一部の旅行者の間で人気を博していた。イスタンブール名物のサバサンドを食べなければ、後悔するかもしれない。僕はそう思って食べてみることにした。不味そうな食い物だと思っていたが、味はまさしく日本で食べるサバだった。サバだけを食べたい、と思うほど、僕は魚を長い間食べていなかったことに気が付いた。メールでロブが宿泊しているホテルを連絡してきたので、僕は彼を訪ねた。

彼は「どれくらい、この町に滞在するんだ?」聞いてきた。
「わからない。出発するときは知らせるよ」と僕は答えて、自分のホテルへ戻った。
ホテルにはエンが遊びに来ていたので、散歩に誘うと、彼が何か映画を見ようと言ってきた。
「エンは何か見たい映画があるのかい?」
「これといってあるわけじゃないさ。映画館で決めればいいだろう?」
「そうだな。パールハ−バーを上映していれば、見てみようと思ってたけど、もう終わっただろうな」
僕達は映画館に到着し、ポスターを見て「ジュラシックパーク2」と「ソードフィッシュ」のどちらかを選ぶことになった。
「ソードフィッシュにしないか?」
とエンは言った。ソードフィッシュのポスターにはトラボルタの名前があった。
「トラボルタってサタデーナイトフィーバーのトラボルタかい?」
「そうだろうな」
僕達はソードフィッシュのチケットを買って席に座った。アメリカ映画らしくいきなり派手な爆発で建物が吹っ飛んでいた。
「エン、英語聞き取れるか?」
「いや、全くダメだ。少しぐらいわかると思ってたんだが」
映画が終わって宿に戻ると、宿泊している連中が皆テレビにかじりついている。
「何かあったのか?」とテレビを見ているうちの一人に聞くと
「ニューヨークのビルに飛行機が突っ込んだらしい」
何をばかげたことを、と思ったが、テレビのニュースを見ると、確かに飛行機がビルに突っ込んでいる。
「何?映画?今見てきたトラボルタの映画みたいじゃないか」
「でもこれ本物のCNNのニュースだろ?事故?」
解説がトルコ語なので皆、詳細がわからない。
「テロ?」
「らしい」
「犯人は?」
「わからないみたいだ」

ホテルにいた旅行者達は皆、テレビの前から動こうとしなかった。テロであるならば、旅行者にとって移動が困難になる場合がある。皆、少しでも詳しい情報を知りたがっていた。
 
十分な休養をした僕は、イスタンブールを出発することに決め、その前に、観光を済ませようと思って、宿の近くにある有名なアヤソフィア大聖堂を見に行くことにした。この町がメフメト2世の率いるトルコ軍によって陥落した時、住民はこのアヤソフィア大聖堂に逃げ込み、大天使ミカエルの救いを求めてひざまずき、祈りをささげたが、町を征服したメフメト2世は、このアヤソフィア大聖堂でアッラーの神に勝利を感謝したという。
 
アヤソフィアや、スルタンアフメットジャミィを見学した後、考古学博物館へ行った。時間ぎりぎりに入ったこの博物館で、最も感動したのはアレクサンダー大王の棺と呼ばれる石棺だった。これは、実際にはアレクサンダー大王の棺ではないらしいが、彫刻の素晴らしさと言ったら、とんでもなかった。
 
僕がロブに出発を告げると、予想通りに彼は、僕と一緒にイスタンブールを出発すると言い出したので、我々は再び、旅を共にすることになった。
  ブルガリアに向けて出発した僕らは、エディルネという町に立ち寄った。ここは、もともと、ローマ帝国時代は、ハドリアヌス帝の名前を取って、アドリアノープルと呼ばれていたが、オスマン=トルコの第三代スルタン、ムラト1世がここを攻め取り、名前をエディルネと改めてオスマン帝国の首都をブルサから、ここに移した。そして、ここからメフメト二世は兵をコンスタンチノープルに進め、ビザンツ帝国の歴史に終止符を打ったのである。

「このセリミエ・ジャミィは10大モスクのうちの一つと呼ばれてるんだ。見ないわけにはいかないだろう?俺のガイドによれば建築家ミマール・シナンの傑作だ。イスタンブールのシュレイマニエ・ジャミィを覚えてるか?同じ建築家だぜ」

エディルネの有名なモスクを、ロブは興奮して撮影していた。その日、僕らは、ブルガリアとの国境を目前にして野宿をした。彼はスコッチを持っていたので、二人で一杯やって、これからのルートについて話し合った。彼と旅を続けるとなると、恐らくあっちこっち寄り道に付き合わされるので、余計な時間を費やしてしまうことになるだろう。僕は、適当な所で、彼と別れるつもりでいた。

  これから、パリまで、どのような旅になるのだろうと考えながら、僕は眠った。