浅村朋伸の「世界一周自転車旅行記」 三井寺ホームへ

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ルーマニア 2 VOL.28

 クルジュを目指して走っていると、前輪のタイヤがパンクしたので、修理をしようとして重大なミスに気付いた。僕は、パンク修理に使うパッチをきらしていたのである。

迂闊にもイスタンブールで購入しておくのを忘れたのだ。その上、予備のチューブは5本とも修理していなかったので打つ手がない。仕方がないので、空気を入れては、抜けるまで走り、空気を入れては、抜けるまで走りを繰り返した。しばらく走ると、道端のカフェで、ロブがビールを飲んで待っていた。ビールを飲んで休憩した後、僕が、パンクの修理をせずに空気を入れ始めたのを見てロブが近づいてきた。
「なぜ修理をしないんだ」
「パッチが全部なくなったんだ」
「なぜ一言パッチをくれと言わないんだ?」
「パッチを切らしたのは僕の責任だ」
「お前はバカな奴だな」と言って、ロブは僕にパッチを一枚差し出した。

夕方になって、僕達はクルジュに到着してホテルにチェックインした。部屋に荷物を運び終わると「これを持っておけ」と言って、ロブはゴムのりと10枚ほどのパッチを差し出した。
「しかし、これはロブにも必要なものだろう?」
「俺が何枚のパッチを持っているか知っているか?70枚だ。俺は70枚のパッチを持っているんだ。もし、パッチが手に入らなければお前はどうしてたんだ?」
ロブは得意げに言った。
「僕は、日本にいるときに、この旅行のためにパンクしたまま何キロ走れるか試したことがある。チューブが剥き出しになったまま、300kmは走ることができた。だから、今回のように数十キロの距離なら何の問題もないことはわかっている」
「お前は本当にクレイジーだ」ロブは呆れた様子だった。
「やっぱりこの町は素晴らしいな、俺は明日、この町の写真を撮りまくるよ」
ロブは嬉しそうだった。
 写真を撮るためにロブはここに滞在するが、この町に興味のない僕は留まる予定はない。いよいよ、明日はロブとお別れだ。早く一人になって先を急ごうと思いながらも結局ここまで一緒に来てしまった。
 夜、僕達は町をぶらついた。クルジュには幾つかのクラブがあったが、どこもそんなに盛況ではなかった。僕達はそのうちの一つに入って、ビールを飲んで宿に戻った。翌日、僕は朝食を済ますと荷物をまとめ始めた。最後に迷惑をかけたので言い出しにくかったが、出発の準備が整うと、別れを告げようとして、僕はロブに言った。

「ロブ、僕は今からチェックアウトする」
「わかってるさ、トモ。俺もチェックアウトする。俺はブダペストまでお前と一緒に行くと決めたんだ」
見るとロブの荷物も、すっかりまとまっている。ロブは僕に合わせて滞在の予定をやめてチェックアウトするつもりなのだ。まさか、ロブが、この町に滞在せずに付いて来るとは想像してもいなかった。プロカメラマンを目指しているロブは、この町で写真を撮るのを楽しみにしていたはずだ。しかし、ロブは、この町で、まだ一枚も写真を撮っていない。写真を諦めて付いてくるということは、恐らく、この先で、別れようとしたところでロブはブダペストまで僕と一緒に旅をするつもりだろう。僕はブダペストまでロブと別れるのを諦めた。
「ロブ、荷物をまとめる必要はない。もう一泊しよう」
もし、僕のペースで旅を続けるなら、ロブはブダペストまで満足のいく写真は撮れないだろう。この男は、なぜ写真を撮ることを選らばないんだろう、と不思議に思った。

「本当か!トモ!」
「ああ、町に出よう」
「ナイスチョイスだ!トモ!」
僕達は、ホテルの外に出た。
「俺はお前の決断のお陰でハッピーだ」

ルーマニアの子供たち ロブはカメラの機材を抱えながら嬉しそうに言った。僕は彼に、ブダペストまで一緒に行ったら、別れようと言った。僕は一人で町をぶらついた。ロブには一日で写真を撮り終わってもらわないと困るので一人にさせておいた方がいいからだ。夜になって合流した僕らは映画を見に行くことになり、「AI」を観に行った。映画を観ている間、これからの旅の進行がどうなるか気になって、全く映画に集中できなかった。自分に余裕がないのがよくわかった。
 クルジュを出発した僕らは、ガソリンスタンドで野宿し、翌日も、野宿することになった。適当な場所を探していると、ロブは茂みを掻き分けて川べりに下りていった。戻ってきた彼が、いい野宿地を見つけたというので、自転車で川べりに下りると確かに、いい場所である。急な斜面のせいで、道路からは全く見えないし、木が生い茂っているせいで灯りも目立たない。僕達は久しぶりに遅くまで話し込んだ。

 朝、目を覚ますと、川べりのの景色が良かったせいで、すぐに動くのがもったいなく思えて「少しゆっくり出発しよう」と言った。ロブは、「構わないさ」と言って木にテントをかけて干した。随分天気が良かった。僕は、自分が急がなければならないことを忘れようと思った。僕達は絨毯を敷いてコーヒーを飲んだ。毎日、こうやって、のんびり旅を続けることができれば、どんなに気楽なことだろう。

 昼過ぎに出発した僕らは、3時間程で、オラデアに到着した。ホテルの向かいのカフェでビールを飲んでいると「今日も映画を見に行かないか?」とロブが言った。
「今、面白い映画なんてやってないだろ?」
「それはそのとおりだけどな」
「パールハーバは日本人のお前が見てどうだった?」
「戦闘機のアクションは良くできてたけど、それ以外はよくある安物のラブストーリだ。実に下らなかった」
「そうだな、その通りだ。それは言えてる」
「だいたい、奇襲を受けたことはアメリカの恥だ。日本を挑発してたんだから攻撃を受ける可能性はあったわけだろ?もし、そこに気付いてなかったら馬鹿な国だし、気付いてたのに攻撃を受けたってなら、これは問題だ」
「なぜだ?奇襲を受けることを想定してる国家なんてどこにもない」
「奇襲というのは戦争の立派な手段だ。どこの国でも奇襲を受けることは想定してるさ。今だってアメリカはいつでも核攻撃に備えてるじゃないか。戦争はスポーツでも何でも無いんだから」
「お前は間違っている」
「ロブ、日本のサムライは相手に奇襲を受けても言い訳なんてしない。それにお前の憧れている忍者は忍び込んで暗殺だってやるんだ。相手が寝ている時も襲うし、トイレに入っている時も襲う。何でもありだ。どんなに強くても殺されたら負けなんだ。それでも忍者が好きなのか?」
「知っている。その通りだ。俺だってテントを張る時は寝ている間も誰かに襲われるかもしれないと思って気を付けているからな。よく考えると、俺は忍者と同じ考え方だ」
「テントなんて目立つし、襲われても逃げられないから忍者は使わないさ」

僕達はビールを二杯づつ飲むと、カフェを後にして映画館へ向かった。
「このハンニバルというやつを見ないか?」
「なんでもいいさ」と言ってチケットを買い、席についたが、映画自体はサッパリ面白くなかった。
「トモ、済まない」ロブは映画館を出るなり謝った。
「僕は英語力がないから、内容がわからなかったのは仕方ないとして、英語のわかるロブは面白かったかい?」
「イマイチだったな」とロブは首を傾げた。

映画を観終わった僕らは、晩御飯を食べる店を探した。
「中華料理があるけど、どうする?」とロブが聞くので「中華料理で構わないよ」と答えると、彼は「ちょっとそっちも見てみよう。あそこにパスタの店がある。どうするお前次第だぜ?」と言う。
僕は面倒臭くなって「じゃあ、パスタにしよう」と言ってパスタの店に入った。パスタを食べ終わった僕らは、バーに入って酒を飲んだ。

「日本人から見た西洋人の俺のおかしなところを教えてくれ。酒の席では正直に何でも話すべきだぜ、日本と同じようにな」
「じゃあ言ってやる。ロブは、さっき、レストランを決めている時に「お前次第だ」と言ったが、あれはおかしいだろ?」
「何が?」
「正しくは「我々次第」の間違いだ。西洋人はイエスとノーをはっきり言わないと言って日本人をバカにするが、欧米人たちは自分を問題から遠ざけて、人に選択を押し付けている場合が多くないか?」
「それはその通りだな、すまなかった」
ロブは笑いながら、僕に謝った。彼は随分、上機嫌に見えた。恐らく、僕が旅行の予定を彼に合わせて変更したことや、本音の意見を聞かせたことで、お互いの友情が深まりつつあると感じたのだろう。

 いよいよ、僕達はハンガリーへの国境を目指して走り出した。国境へは一時間程で到着し、イミグレーションオフィスでパスポートのチェックを受けるときに、問題が起こった。
「君はオーバーステイしているね」
「え?」
「不法滞在だ」
「ロブ、どういうことだ。僕は30日間、滞在可能じゃなかったのか?」
ルーマニアに入国する時に、ロブは僕の代わりに国境の役人と話して、完璧な英語で日本人の滞在日数が30日間だと確認してくれたはずだったのだ。しかし、ここの役人達は日本人に与えられた滞在日数は10日間だという。ロブは僕のパスポートを彼らに見せながらいろいろと質問をした。
「すまない、トモ。俺の勘違いだったみたいだ」
「で、僕はどうなる?」
「君は罰金を支払わなくてはならない」と役人が言った。
「金額は?」
「50$だ」
「すまない、トモ。俺が入国の時に聞き間違えたばっかりに・・・」
「いや、自分で確認しなかった僕のミスだ。ロブが謝る必要はない」
「どうする?トモ」
「町の銀行まで金を下ろしに引き返す。ロブは先に行っておいてくれ」
「何言ってるんだ!そんなに俺を先に行かしたいのか?すると何か?俺たちはブタペストで再会するのか?」
オーバーステイは失敗だったが、今度こそロブと別れることができるかもしれないチャンスだと考えたことが、ロブにはわかったのだろう。僕は自分の考えが見透かされたので、気まずくなった。
「じゃあ、待っていてくれるか?急いで行ってくるけど二時間はかかるかもしれない」
「ああ、待ってるさ」

僕は自転車の荷物を取り外して、町へと戻った。一度はブダペストまで一緒に行こうと約束しておきながら、あわよくば一人になろうという考えを捨て切れてない。それが原因でロブをがっかりさせたことは確かだ。町で金を下ろして、再び国境へ引き返し、罰金を払った後、待っていたロブとハンガリーに入国した。